2021年5月1日土曜日

「BMW E46 M3 高圧縮比エンジンのアイドリング -徒然-」

 現在はアイドルストップも当たり前の世の中ではありますが、先日BMW E46 M3 S54エンジンでのスパークプラグについて考察記事を書きましたので、圧縮比ε=11.5というこの高圧縮比エンジンでのアイドリング運転についても簡単にですが取り巻く制約と対応技術概要を徒然で記しておきます。

※少し専門用語が出てきますが、出来るだけかみ砕いて書きたいと思いますので、お気楽に読んでみてください

BMW E46M3 エンジンルーム外観


■Contents

  1. そもそもアイドリング運転とは
  2. アイドリング運転を取り巻く環境 -- 熱効率と着火性、排気ガスエミッションについて
  3. 落としどころ
  4. 補足)冷間始動時のEMについて (AirPumpの必要性)



1. そもそもアイドリング運転とは:

アイドリング運転は "無負荷運転" と云われるように、自力で目標とする回転数を維持しながら廻り続けるために最低限必要な出力と抵抗との力の関係が釣り合っている状態を云います。

 

アイドリングでの必要エンジン出力 =  Σ (目標回転数での各種抵抗)


少し専門的に云い換えると、下記の式にてPe=0とした場合に相当します。

Pmi (図示平均有効圧力)=Pe(BMEP正味平均有効圧力)+Pf(機械抵抗分平均有効圧力)

この状態が成立して初めて定回転で廻り続けることができます。


また、ここで云うところの各種損失とは主に下記があります。 

  • 機械抵抗: 機構的な摺動抵抗
  • ポンピングロス: スロットルロス
  • 各種補器類の仕事抵抗:冷却水/オイルのポンプ駆動負荷、オルタネータ発電負荷、エアコン作動負荷 

※シフトはニュートラル前提

機械抵抗という視点だけで見ると、仮に始動して間もない冷間時では、オイルの粘度も高くオイルポンプの仕事をひとつとってみてもとても大きいものになります。また、エンジン内部の各摺動部位のオイルも高粘度の状態ですので、エンジンを廻すにはとても大きな力を要します。ですから、冷間時のアイドル運転では、大きな発生出力を出させないと目標とするエンジン回転数を維持できないことになります。これは、スロットルをかなり開けてそれに見合う多量の空気と燃料を要求するということを意味します。

エンジンが徐々に温まり温間となるにつれ、各抵抗もどんどんと下がってゆきます。伴って、目標とする回転数を維持するために必要な出力も減量してゆきます。つまり、スロットルを閉じる方向に動きますね。このように、特に "温度" に起因する一連の特性の変化にアイドリング運転がエンジンに要求する出力も変わってゆくということになります。(実態としてはこれに燃料系の気化霧化も大きく変化しますので、とても複雑です)



2. アイドリング運転を取り巻く環境-1 -- 熱効率と着火性について

さて、目標回転数でただ回るだけであれば、エンジンの出力と抵抗値合計の力関係で良いのですが、クルマ用の実用エンジンとしては商品性からの様々な制約規制などがあり、その中でも主だったものを挙げると下記になります。


  • 商品性上の主な制約: 静粛性(失火、燃焼による不要な振動回避)、 微低速トルク確保 
  • 燃費規制、排気ガス規制(世界各国)からの制約: 燃費規制値への適合、 排気ガス規制値への適合



2-1. アイドリングの熱効率(燃費規制値への適合)

ここで云うところの熱効率とは、ある目標回転数にてアイドリング運転をおこなう際の燃料消費量と考えて頂いて差し支えありません。これを Qfuel(L/hr)などと云ったりますが(以降Qf)、1300cc量産車Bカークラスの一般的な車輛において、エアコンOFFで0.5~0.6l/hr程度を消費します。排気量が大きければそれだけ多くの燃料を消費します。

また、都市部と地方では状況は多少違いますが、実は、日常的な運転の中でアイドリング運転が占める割合は思うよりも大きく、アイドリングの燃費改善は、トータルとしての燃費に大きく寄与します。ですので、この点は、現在は各社ともにアイドルストップを標準で装備するなど主要技術のひとつに位置付けているその背景になります。少し逸れましたが、このQfの低減を図る、つまりアイドリングの熱効率を上げる必要があります。そのためには、熱効率の最も良い燃焼をさせる必要があり、燃焼をコントロールできる因子(制御可能な因子)は、様々ある中でここでは点火タイミング(進角)を取り上げます。


2-2. アイドリングの熱効率と着火性

点火タイミングは、熱効率(燃焼)視点からは、限度はありますがかなり進角側を要求します。つまり圧縮上死点よりもずっと前での点火を要求するという意味です。この状態では、立った燃焼となっていき、燃焼期間も短くなって熱効率からは理想的な方向に振れます。同時に、熱効率が上がるため吸入空気量も少なくて済みますので(同じ空燃比ならばQfも減ると同意)、圧縮圧力(有効圧縮比)も下がり、曳いては着火前の混合気温度も下がります。つまり、熱効率の向上は、先日述べた "着火" という視点からは逆に厳しくなる方向に振れることになります。。

失火限界から進角にも限度がある一方で、また、燃焼によるゴツゴツ感からも進角側遅角側にも限度があります。進角側では尖ったようなコツコツ感、遅角側では鈍いゴトゴト感が出てしまい商品性を悪化させます。


2-3. 微低速トルク

また、熱効率が向上することは、先に述べたように吸入空気量が減量することですので、そのままの状態では、例えばシフトを1速にいれてクラッチをつなぎかけた時のエンジントルク(微低速トルク)は小さくなり、発進時がとてもナーバスな状態となってしまい、最悪エンストなどという商品性上ネガティブなものとなります。 ですので、微低速トルクからは、吸入空気量を増やした腰の強いアイドリングを要求し、これは熱効率と相反する要素になります。



2-4. 排気ガスエミッション

また、熱効率と相反する他の要素として、排気ガスのエミッションがあります。熱効率重視で燃焼を立て燃焼期間を見短くすることで効率的に燃料からエネルギーを取り出すことができますが、その一方で、主燃焼がささっと終わってしまうため、燃料の燃え残りが多量に出てしまいます。クリーンな排気ガスという視点からは、熱効率と反対の遅角側の点火タイミングを要求し、燃焼を寝かせて燃焼期間を延ばす(燃焼を悪化させる)ことで仕事には変えられないけども(=熱効率は落ちるけれども)しっかりエンジン内で処理してから排出するというプロセスを踏むことを要求します。これを後燃え処理とも云います。


3. 落としどころ

このように、制約に囲まれたアイドリング運転ですので、各要素のバランスが大切です。要は、点火タイミングひとつとってみても各現象はトレードオフの関係にあって、"どちらかを立てればどちらかが立たず" という構図は随所にあります。この辺りを踏まえた上での制御セッティング(この考察ではでは点火タイミング設定)や、仕様決定が必要となります。

  • 点火タイミング進角方向要求項目:熱効率(燃費)
  • 点火タイミング遅角方向要求項目:着火性、微低速トルク、排気ガスエミッション

※実は、現実は更に何倍も複雑です。。

いずれにしても、これらトレードオフの関係をより高い次元でおこなえるようにシフトさせることが技術革新であって、新技術開発の価値ということになるかと思います。ですが、対応すべき技術課題の本質は変わりません。時代とともに問われるレベルが上がるだけです。


4. 補足)冷間始動時の排気ガスエミッションについて(AirPumpの必要性)


S54にAirPumpが設定されている理由

実は、S54もそうですし、HONDA S2000もそうなのですが、通常、理論空燃比で廻る高圧縮比(高効率)エンジンは、先に述べたように、燃焼が良い方向に振れるその弊害として排気ガスエミッションが最重要課題のひとつとなるのは避けがたい宿命となります。ですが、排気ガスエミッションのために(地球視点では最重要ですが、、)、パワーや燃費を犠牲にするというはエンジニアとしては本意ではありませんので、極力努力する訳です。何とか規制値をクリアさせるために、これらの高効率エンジンにはほぼ例外なくエアポンプが追加デバイスとして装着されています。実は、どのエンジンもそうなのですが、エンジンが排出する排気ガスの大半をこの冷間始動直後のタイミングで排出しています。高効率エンジンは特にこれが顕著に出てしまい、規制値に適合させることが最重要課題のひとつとなります。

その意味から、狙いは冷間始動直後に多量に排出される生ガス※1(Raw-EMと云います)を始動直後のわずか数十秒の間だけ、燃費への影響は最小限とする点火タイミングの大幅な遅角(この許容レベルをリターダビリティ Retardability と云います)をおこなって主燃焼の後燃えを促進させると同時に、排気マニホールド或いはシリンダーヘッドの排気ポートに向けてフレッシュエアーを入れ込んで排気ポート、エキマニの中で生ガスを燃やし切ることに加え、3元触媒(キャタリスト)の早期昇温を同時にやって、始動直後の濃い空燃比設定から早期に脱却して排気ガスエミッション改善と燃費改善を同時にやってやろうというAirPump2次エアーシステムが備わっています。キャタリストは温まらないと一切浄化しませんから。

当然コストは上がりますが、無事、この冷間の排気ガスEMをクリアできて温間になれば、S54も本来の立てた燃焼を行いながら、最高のパフォーマンスを発揮してくれるという訳です。

2次エアシステム構造図


※1 冷間始動直後が排気ガスエミッションの大半が排出されるという点について補足します。エンジン内部が冷たい冷間始動直後は、インジェクターから吹かれた燃料も気化や霧化が悪く、うまく吸入する気流に乗れないことからポートやシリンダー内壁に液滴として付着し、燃焼空燃比が薄く(リーン)なってしまうことで着火できません。ですので、始動時は考えられないくらい多量の燃料を吹いています。そのことに起因して、投入した燃料の大半がそのまま排出されること、また、先に述べたように、高効率が故に生ガスとして排出する量が多いこと、加えて、3元触媒(キャタリスト)の温度が低い内は浄化レベルが低いことが冷間始動直後に排気ガスエミッションが多量に排出されるその主な理由になります。また、排気ガスエミッションは排気量に比例しますので、3200ccのS54は厳しいものがあったはずです。現在の規制に比較すればかなり緩かったとはいえ、BMW(M社)のE46M3開発陣も当時相当苦労したと推測できます。

エアポンプ近傍



このように考えると、一品物でしかもアイドリングや極軽負荷運転、ましてや排気ガスエミッションなど全く眼中に入れておく必要ないレースエンジンなどは、ある意味如何に作り易いか、、商品としてのクルマ作りがどれほど大変なことか、、ということがお感じ頂けたのではないでしょうか。
大分脱線しましたが、内燃機関はどんなどんな状況下にあっても 、先日も書きましたが"確実な着火" が全てのトリガーですので、大切にしていきたいものです。

その内燃機関も斜陽となる方向に世相は急速に傾いています。デジタルでスマートに動く世界も素晴らしいですので、当然受け入れますが、その一方で、やはり高精度なメカニカル機構をもって最高のパフォーマンスでヒトを圧倒し続ける内燃機関は、個人的には永遠のパートナーだと信じていますし、こんな記事を読んで頂いているみなさんもきっと同感なのだと勝手に思っています。。

変えるべきところと守るべきもの。どんなことでも見極めが大切ですね。

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