先日、BMW E46 M3のスパークプラグを新品に交換しましたが、アイドリングの運転性が少しラフになり、失火が1回/30秒 のレベルで発生していることを確認しました。特に気にはしていませんが、今回使用した新品BOSCHスパークプラグの電極を見た際、実はこうなることは想定していましたので、そのように考える背景を概要ですが書いてみたいと思います。
※少し長いので、お時間のある方と内燃機関エンジニアリングに興味ある方は目を通してみてください。
■ Contents
- 内燃機関の熱効率について
- 制約条件について
- 制約条件の主要構成要素について
- 着火と燃焼について
- 着火を阻害する主要な要素について
- 理想の点火について
- おすすめのスパークプラグ
- 追記
1.内燃機関の熱効率について
E46M3 S54エンジンは圧縮比ε=11.5という高圧縮比エンジンです。 この圧縮比を上げてゆくという行為は、高熱効率に向けた行為そのものです。理論上、上げれば上げるほど熱効率は上昇します。
η=1-(1/ε)^(κ-1) η:熱効率 ε:圧縮比 κ:比熱比
端的に云えば、
「熱効率が上がる」 = 「より少ない燃料(と空気(希薄燃焼エンジンではない場合))で所定の出力をより効率良く取り出せる
ということになります。
2. 制約条件について
しかし、商品である自動車用実用機械として使用する場合は、法規対応はもとより、定常運転だけではなくエンジン回転速度、負荷条件、油水温条件、定常/過渡などの組み合わせで様々な運転条件が存在します。曳いてはそれに伴い運転条件に様々な制約を与えてしまう "制約条件" が存在します。つまり、ボアストローク比、バルブタイミングなどの基本要素によって多少違いはあるものの、圧縮比には 設定し得る "限界" があります。
3. 制約条件の主要構成要素について
制約条件の筆頭は、高負荷時のノッキング(異常燃焼)です。これは、点火後に異常な燃焼速度と火炎伝播速度で燃焼してしまい、クランク上死点近傍にて既にピストンの隅とシリンダーヘッドとの僅かなクリアランスのエリアに火炎が到達し、その狭い空間(=低容積)で更に圧力を高めながら燃焼が加速する状態ですので、ある意味 "無限に燃焼速度を上げながら駆け進む" ことになります。ですので、結果的に、超高速燃焼した火炎面がシリンダーとピストン、ヘッドを高周波で叩くことがノッキングの音源となります。酷いノッキングを伴う異常燃焼を継続させると、ピストンのトップリング部が熱と圧力(と振動)で陥没し、砕けることにつながります。これを棚落ちと云います。
ちなみに、プリイグニッションについては、その字の如く、本来の点火前に着火してしまうことで、熱くなり過ぎたスパークプラグの電極近傍が着火源となります。これは、早過ぎる点火タイミングでの着火と同じことになり、早いクランクアングルから圧力を上げながらピストンは更に圧縮を進めるために異常な圧力となり、曳いては異常な燃焼速度となって超高温高圧に至り、最悪の場合、ピストンを破壊/溶解させ、コンロッドがシリンダーブロックを突き破る ”足出し” と云われるような状態になります。
話をノッキングに戻します。そもそもノッキングが生じる背景には、燃焼速度、火炎伝播速度を制御する上での主な要素(制御因子)として、圧力と温度、筒内流動、筒内空燃比があります。圧力をコントロールしている制御因子は主に圧縮比εであり、温度については主に圧縮比ε と 前のサイクルで既に燃焼したガス(既燃ガス)のこれから燃焼させようとしている新気混合気への "再持ち込み量" となります。これを内部EGR(ExhaustGasRecirculationと云います) 通常の燃焼をさせる際には、これは少ないに越したことはありません。また、筒内流動も基本燃焼速度を決める最大ファクターと云っても過言ではありません。
圧縮比ε=11.5というこの高圧縮比エンジン(=高熱効率エンジン)S54は、当然、ノッキング/プリイグニッション等の異常燃焼を全域で回避し、商品としている訳ですから、そこが技術ということなります。 一方で、実は制約条件は、何も高負荷域での異常燃焼ばかりではありません。その正反対の低回転/極軽負荷運転の燃焼安定性についても、困難な泣き所(課題)であり、商品化の上での最重要課題となっていたはずです。
レースエンジンでは極軽負荷など使わないため勿論問題になりませんが、量産エンジンでは、商品性上、全域が綺麗に廻らなくてはいけません。この低回転/極軽負荷の極みが言わずもがな "アイドリング運転" です。理論圧縮比は高めながら、その効率の良さからアイドル時の一次吸入空気量は減少し、アイドル運転時の有効圧縮比は相応に下がります。従い、圧縮/着火時の断熱圧縮到達温度も筒内流動も高まらないという環境となるのは必至で、つまり、熱効率の向上は、同時に極軽負荷域での着火とその後の燃焼には厳しい方向に振れるということと同意になります。
4. 着火と燃焼について
先ずは、着火と燃焼を切り分けて考える必要があります。ガソリンエンジンでの着火とは、ピストンが吸入混合気を断熱圧縮し、高まった温度と圧力の環境下でスパークプラグの電極空間に相応のエネルギ(数10mJ)を放電させることで電極近傍の混合気にエネルギを与えてプラズマ化(原子/分子が電離した状態)し、様々な化学反応を経て酸化反応を繰り出すための火炎核を形成することを云います。特にこの放電直後の微弱な火炎核を初期火炎核と云っています。
この初期火炎核は、生まれたばかりの赤ちゃんと同じで、どちらに転ぶかさえも覚束ない状態ですので、しっかり育てて成長させてあげる必要がある本来大変弱々しいものです。
因みに、今回は着火にフォーカスしますので深くは書きませんが、この初期火炎核が火種となって混合気の波の中で酸化する反応を燃焼と云い、それが伝播してゆくことを火炎伝播と云います。ですので、燃焼速度と火炎伝播速度とは似て異なるものとなります。いずれにせよ、初期火炎核の燃焼の延長線上に主燃焼がある訳ですから、着火から初期火炎核形成具合がその後の主燃焼に大きく影響することは容易に想像できます。
5. 着火を阻害する主要な要素について
話を着火に戻しますが、確実な着火を確保するためには、バチっと放電してプラズマ化した初期火炎核が火炎面としてきちんと成長していけるだけに "強くたくましく育つ環境" が必要ですが、それを阻害する大きな要因の筆頭に初期火炎核の電極による冷却損失があります。通常、放電はスパークプラグの中心電極を負極とし、側方電極(=ネジ部:要はエンジン本体アース)は電位的にゼロながらも正極として扱われた電極間に放電が起こるまで点火コイルが電圧を昇圧します(一般的に数10kVの電圧となり、これを絶縁破壊電圧と云います)。放電が発生した直後から、その放電経路上の混合気が電離を始め、つまり、初期火炎核の形成が開始されます。一方でこの時、この初期火炎核のすぐ傍には、火炎核にとっては氷のように冷たい中心電極や側方電極があり、どうしてもこの初期火炎核はこの電極で冷やされ、強くたくましくなるための成長を阻害してしまう環境となっています。
また、初期火炎核が強い燃焼として成長していけるように、燃焼室内には燃焼のための流動を形成させています。アイドリング運転時は、吸入空気量自体が少ないためそよ風のような流動ではありますが、側方電極がこの流動の下流にあると初期火炎核が下流に流される際にこの冷たい側方電極に接触して一気に冷えて消炎してしまうことも起こりますので、初期火炎核が流される先に側方電極が無いという視点も大切にしておく必要があります。
唯でさえ高効率なS54エンジンは、その高効率が故にアイドリング時の吸入空気量も少なく、断熱圧縮時の温度も圧力も期待できない中での初期火炎核の形成をしなければいけませんので、ここに本来技術を投入する必要があります。
6. 理想の点火について
それらを踏まえ、着火にとってハードで対応可能な方向性としては、下記が主だったものになるかと思います。
- スパークプラグの中心電極、側方電極を可能な限り小さくすること(熱容量を小さく)
- スパークプラグの側方電極の設置位置を流動上流に設定すること
- 電極間への投入エネルギーを上げること
2.については、プラグホールのネジの切り始め位置を管理する必要があり、一品物のレースエンジンでは勿論対応できますが量産ラインではその品質保障も含め大変困難になります。また、スパークプラグ側の電極位置とねじ切り始め位置管理も現実的ではありません。それでもおこなうとすれば、スパークプラグとプラグホールのネジ位置をみて選択して組み合わせるしかありません。或いは、側方電極を中心電極の横に配置して横方向に放電させるのではなく、中心電極の上方に設置して上下方向に放電させることで初期火炎核が形成直後に冷えることを回避するという手段も考えられます。
3.については、高エネルギコイルシステムの成立性/コストと電極の消耗が主な技術課題となります。
1.については、現実解として、NGK/DENSOも極小中心電極のスパークプラグ量産しています。先に記したように、課題は電極の消耗ですので、中心電極へ消耗抑制の高いイリジウム材を使用し、その極小化を実現しています。ちなみに、電極消耗は負極放電の場合は、中心電極の消耗が大きくなります。これは、数10kVの電位がかかって放電して生成される電離プラズマのとても重い陽子(電子とは比較にならない重さ)が負極側中心電極に引き寄せられて高速で衝突することが電極消耗メカニズムとなりますので、中心電極の耐消耗性向上が必要となる訳で、イリジウムが大活躍しているという背景です。レアメタルのため、コストは高いですが。また、このNGK/DENSO製イリジウムプラグは、側方電極も中心電極の上方に設置されて上下方向の放電としており、初期火炎核形成初期に流動に流された行く先に側方電極が無いようにしている点も前述の観点から合点がいくものです。
7. おすすめスパークプラグ
これらを踏まえ、E46M3 S54エンジン(に限らず、高圧縮比エンジン)に極めて有効なスパークプラグは、NGK或いはDENSOのイリジウムスパークプラグと考えます。 先ほどネットで調べましたら、E46M3でスパークプラグを交換した直後から "アイドルが安定しない" や "アイドルがラフになった" という声がいくつか見られました。このようなことを初めから回避しておくためには、NGK或いはDENSOの物を是非お試しください。信号待ちでボスッボスッと失火するのは気持ちの良いものではありません。Silky Straight-6のS54であれば尚更ですね。
8. 追記
先日当方が交換したBOSCHのスパークプラグは車輛購入時に付属していた物でしたので、こうなることは予測できていましたがコスト抑制のため使用しました。。 一方、交換する前(NGKの通常電極)は、アイドル運転での失火は無かったと記憶しています。これは一見、上述したことと矛盾するように見えますが実はあながちそうではありません。交換する前は中心電極と側方電極が大きく消耗しており、
・電極間GAPも拡大し放電空間が広がっていて新品よりは初期火炎核が冷やされ難いこと
・消耗によるGAP拡大により、放電電圧(絶縁破壊電圧)が高まり、結果として投入エネルギも増加していること(上記3.に同じ)
となっていた為であると考えます。通常、問題なく使用してきたスパークプラグを新品に交換すると、皆さんが想像するのと逆に着火性は悪くなるのが通常です。使用して電極が消耗すればするほど(正常消耗が前提ですが)着火性も上がってゆきます。では何故スパークプラグの交換が必要なのでしょうか? それは、消耗してGAPが拡がっていけばいく程、放電するために必要な要求電圧は高まります。その一方で、電圧を高める(エネルギーを生み出す)コイルの能力は上限が決まっていますので、電極があまりに消耗してしまうとコイルの能力を超えてしまい放電できなくなる(=着火できなくなる)ことになるため、そうなる前に交換しましょうというのがスパークプラグ交換の本質の部分のひとつです。コイル能力の範囲内ギリギリで且つ、大きな放電ができるまで消耗したスパークプラグが着火視点から最強のスパーク点火ということになります。
2022.1.02 追記)
ここで記述しましたDENSOのイリジウムチッププラグで問題が発生している事例がありましたので、この記事にてご紹介しましたイリジウムプラグへの交換のおすすめは差し控えたいと考えます。あくまで、一般的な『着火性』という視点での技術記事と捉えてお読み頂ければ幸甚です。
2024.10.09 追記)
DENSO、NGK共に違法コピー品が出回っているようです。ググると沢山事例が出てきますのでご参考にしてください。箱も完全コピーで、プラグ本体も見た目は勿論、偽物とは気がつかないとのこと。こういった輩にはイリジウムなどを扱う知見と極細先端にチップ溶接する高度な技術など持ち得ないと考えますので、機能不全、耐久性なし、短時間で不具合につながるということになるかとイメージします。
下で示した事例もこのようなプラグだったのではと勘ぐってしまいます。DENSOとNGKについては開発陣とその現場をよく知っているため、彼らの名誉のためにも上記の注意喚起をさせて頂きます。
~情報共有~
■DENSOイリジウムプラグでの問題事例
http://ornis1975.com/2017/12/05/e36-m3-%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%81%A8%E7%9B%B8%E6%80%A7%E6%82%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%81%EF%BC%9F/
※決してDENSOイリジウムプラグの製品品質に関する記事ではありません。あくまでE46M3での不具合発生事例の共有化が目的の記事ですので誤解の無いようお願い致します。2022.1.02 記
■E46M3用 BOSCH純正同等NGK_DCPR8EKP